連載「がんの休眠療法」第3回 休眠療法はエビデンス(根拠)がない治療?|がんの外来治療(腫瘍内科・緩和ケア内科)と内科・外科・呼吸器科の銀座並木通りクリニック

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連載「がんの休眠療法」第3回
休眠療法はエビデンス(根拠)がない治療?

休眠療法の否定と統計学上の矛盾

EBM(エビデンス・ベースド・メディスン)という言葉を聞いたことがあるかと思います。エビデンス(証拠、実証データ)に基づいた治療のことです。今日の日本の医療は明治維新とともに採用された西洋医学が中心です。西洋医学は、科学的実証性を要(かなめ)として発達してきた医学です。そのため、必然的に日本では患者さんに提供される医療には科学的根拠、つまリエビデンスが重要視されます。エビデンスがないとされるがん治療は、たとえ患者さんが希望されても、「エヒデンスがないのでやりません」といった感じで門前払いです。

さて、休眠療法は?というと、現時点ではエビデンスがない治療に分類されています。

一般に、「エビデンスがないからやらない」には大きく2通りの捉え方がありそうです。まずは、治療効果そのものがホントに「ない」から治療として提供できない。そして、もう1つは十分な検証がされていないだけでエビデンスが「まだない」からやらないというもの。休眠療法は後者に属すると考えています。

根拠なく、開雲にエビデンスが「まだないだけ」と言い張るのもナンとかの遠吠えに聞こえますので、何故そう考えうるのか、エビデンスを支える基盤である統計学を少し絡めて考察してみます。

別に大げさな理論展開をするつもりはありません。ただ、休眠療法を「意味がない治療」、「空(カラ)抗がん剤」、「そんな量では効かない」などと頭から切り捨てることは統計学上矛盾がありますよ、というだけの話です。そして、その矛盾をスッキリさせるには、休眠療法という一治療法について、さらなる科学的検証を進める必要性が出てくるのではないでしょうか?ということです。

ナンカ難しいことを言っているように聞こえますが、全然難しい話ではありません。要は、偶然は何度も起きませんよ、偶然と思われていたことが続けて起こるということは初めから偶然ではなく、必然ですよ、というだけの話です。

たとえば、100人の患者さんに休眠療法を提供して、そのうち効果を認めた患者さんがたった1人だったとすると、その1人は「偶然」の1例、「たまたま」の1例として統計学では見なされます。

ところが、実際には休眠療法の効果を認める患者さんはそんな少ない数ではありません。もっとたくさんいます。もちろん、100%の治療は存在しませんから治療効果の見られなかった患者さんが存在するのも事実です。しかし、効果の見られた患者さんの数は統計学上、無視できない数です。治療「効果」の考え方については、また改めて誌面で述べたいと思いますが、休眠療法ではなんらかの効果が2人に1人弱くらいに見られます。「偶然。たまたま」が連続して起こることはそれこそ奇跡、神がかりを意味します。宝くじに連続して当たり続けるようなものです。

ですから、治療効果2人に1人の確率は「偶然・たまたま」ではありません。さらに、高橋豊先生(千葉大学大学院医学研究院 がん分子免疫治療学教授)(注1)の提唱したこの方法論が、まったくの他人の私が行っても同様の治療効果が得られているということは「再現性がある」ことも意味しています。科学における「再現性」は「普遍性」を意味するためとても重要です。

このように、休眠療法の効果を認めた症例を「偶然・たまたま」の1例として取り扱う、処理することは統計学上できないのです。「偶然。たまたま」でなく、「再現性」がある治療。でも、全体像はまだ十分判明していない、このような治療法の科学的検証を積極的に進めていかなくてどうするのでしょう?ですから、休眠療法はエビデンスが「ない」のではなく、「まだない」が正しい言い方なのです。

何度でも言いますが、教科書に書いてないことは世の中にたくさんあります。教科書に書かれているものは、十分な科学的検証が終了したものと基本的に考えていいと思います。

膵臓がんでの休眠療法 ― 予後不良がんとのお付き合い

さて、今回は膵臓がんでの休眠療法の1例をご紹介したいと思います。患者さんは81歳の男性の方です。膵臓がんは予後の厳しいがんの1つです。膵臓がんの診断を受けたときは、すでに腹膜播種を認める状態でした。年齢的な問題はもちろん、がんの進行度から手術適応はまったくありません。家の近くの基幹病院でジェムザールという膵臓がんの抗がん剤治療のキードラッグを投与することになりました。

ジェムザールの標準投与量は1000mg/㎡ですから、一般的な日本人の体格だと1500mg~1700mgくらいが1回投与量になります。お年寄りに投与する際は7~8割くらいに減らして投与することもあります。副作用が比較的軽いとされ、使いやすい抗がん剤とも言われています。

しかし、そこはやはり抗がん剤。副作用は出るときは出ます。この方の場合、初回治療開始後、強い嘔気・嘔吐といった症状が出現し、体力を消耗し「もう2度とやりたくない」となりました。体調の不良はそれから1ヵ月以上経っても続き、体重が10kg減ったとのこと。医療の目的である「いい時間を一番長く」からはほど遠い状態です。

そして、標準治療がやれないとなった時点で、お決まりの、
「もう、治療はありません。あとは緩和です」
のお言葉。

主治医には余命3ヵ月と告げられました。その後、無治療のまま日にちが過ぎていたのですが、ある日休眠療法を希望され私のクリニックに来院されました。

早速、TS1の隔日投与とジェムザール200mg/body/隔週毎で治療を開始しました。ジェムザールは標準投与量の7分の1くらいです。TS1は本来、4週連続で服用したあと2週間休薬、もしくは2週連続服用1週間休薬というのが一般的な使用法ですが、隔日投与にすると副作用をかなり抑えることが可能です。嘔気・嘔吐その他の副作用が強く出る患者さんは隔日投与にするといいでしょう。そして隔日投与でも、ちゃんと効いています。病状を診ながら投与量を上げたり下げたり調節します。この方の場合、本来は120mg/bodyのところを80mg/bodyで開始しました。

治療効果はあっという間に認められました。体調が良くなり、食欲も出てきて、副作用でヘロヘロになって初回治療で減った体重も元に戻ったとか。ご飯は、「いくらでも食べられる」そうです。

腫瘍マーカーは、毎月測るたびに低下しています(図を参照)。

副作用はTS1による、手足症候群という手足が黒ずんだ状態になる副作用が出現しましたが、全然許容範囲です。他に副作用はありません。遠方から、新幹線に乗って2週間に1回通院してこられます。とても陽気な方で、この陽気さが免疫系の活性化をもたらしているんだろうな、などと思いながら、毎回お会いするのがとても楽しみな患者さんです。それと同時に、もっと家の近くで同じコトをやってくれる医療機関があれば……とも思います。医師がその気になりさえすれば、全国どこでも誰でもやれる「再現性のある」保険適応治療ですから……。

以前、大病院で抗がん剤治療に携わった経験のある、最近当院で働くようになった看護師が、
「こんな少ない抗がん剤で効くなんて、思いもしなかった」

一昔前の私と同じ言葉を口にします。

月刊誌「統合医療でがんに克つ2008.9vol.3」より


1. 本文中の高橋豊先生の経歴は雑誌掲載時のものです。
2013年11月現在の経歴は、化学療法研究所附属病院・外来化学療法部長
国際医療福祉大学教授となります。

当院ではがん電話相談(無料)を実施しております

がんの患者さんや、ご家族からの相談を、医療コーディネーターがお受けします。
日常生活での不安、セカンドオピニオンのタイミング、あとは緩和と言われたが、社会福祉関係のこと、医者に話す程のことではないが・・など。また、当院の治療を希望されている方につきましては、当院での治療の流れなどをお話させていただくことが可能です。

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